ある日の電話






     もうずいぶん古くなる友人がいます




初めて会ったのが小学1年ときだから、もう20余年の付き合いになる
ガキんときはそいつといつも一緒んなって遊んでた


その後、中高も一緒のガッコ。  たまにお互いイヤんなるくらい。


でも何故だか「クラス一緒」はただの一度もなかった

じゃあ いつからツルむようになったのかって今でも話すんだけど未だに不明


                         「ガキの嗅覚」だったとしか言いようがない


クダラナイ悪さして、近所の駐在さんに御用になったときもよく二人して逃げた


                         「靴ヒモ」が逃走開始の合図。


「 お前らこれから親に連絡して来てもらうから、逃げるなんて変な気おこすなよ。」

「 逃げねーョ。 もうあきらめたョ  ねェそれよかオマワリサン・・ 靴ヒモほどけちゃって歩きづらいんだ・・ 結びなおしてもいい・・?」

「・・ん?  ぁあ・・  はやくしろよ・・」


その後、無線で駐在さんがゴニョゴニョ話してるスキに小声で手短に作戦会議。  そりゃもう手短に。


                          「・・ぉぃ・・  ゎかってんべ  逃げんぞ。」
                          「・・ェ・・  マジでいってんの・・。」
                          「 大マジだょ。 つぅか連絡なんかされたらオメェんとこのとーちゃんにまた二人してヤラれんぞ  ヤだろ。そんなん 」


そいつの親父さんメチャクチャおっかねェヒトだったからオレも必至  捕まるとかよりもそっちに必至

                           「・・だね。  ・・でも・・ ダイジョーブかな・・ 逃げれるかな・・ 」
                           「 ダイジョブだょ  オメェまあまあ足速えじゃん。 どっちか一人でも捕まったらアウトだかんな。 ホンキで逃げろょ。 せェので合図だかんな。」  
                           「 いつもの公園で合流な  いくぞ    せェの !!!」






まあよく付き合わしてた 


いつも100%オレのせいで逃げるハメになんのに 
そんなオレに嫌気がさしてそいつが逃げてしまう。 なんてことは一度もなかった



そんな当時は「ナントカの大予言」とかってのが大流行してた 
テレビや雑誌なんかでもさんざんアオってて、空からトンデモナイもんが降ってきて世界が終わる そんなハナシを小学生たちは完全に信じきっていた


うちらもそんななかの一人


「いつもの公園」の遊具に登って、もしホントにそんなコトんなったらどーするか、マジメに作戦会議してた

                             「・・ォイョ・・ ホントに空から大魔王がやってきたらオレらどーしよっか 」

                             「・・ウゥン・・  あのさ。 駅前のデパートの屋上にでっかい鳥の風船みたいのあるでしょ。ヒトが中に入って遊ぶやつ。」

                             「 ぁあ。 カルガモママだろ。 あれがどーかした ?」
                             「 そーそー! カルガモママ! アレんなかにみんなの家族とかいろんなヒト入れてあげて、海に浮かんでれば助かるかもよ・・!」
                                
                             「 ハハハ オメェやっぱおもしれーな ノアのハコブネみてーじゃん 」
                             「いいでしょ。」

                             「 イイ ! おもしれー ・・でもみんなの家族とかいろんなヒトって、 ナニ 知らないヒトとかも入れてやんの ?」

                             「 ゥン。 だってたくさん助かったほーがいいじゃん 」

                             「 ぁあ  そぅね。 たくさん助かったほうがいいよな 。」   


 
そいつは三人兄弟の長男坊で そんでオレも長男

だけどそいつの「長男っぷり」はハンパじゃなかった
自分のことよりまずヒトの心配ばっか。 妹とか、弟とか、親父さんお袋さん・・ あとオレとか

朝、いっこうに起きないオレを、どうにかガッコに連れていこうと中高6年間、我が家に来続けた
 
本当に  毎日だ。 うちのお袋はいまだにそいつに感謝の意を表明している

責任感の塊かオメーわ   あいつはそんなガキだった 

















                                
                                        


                                           あの大震災の数日後 そいつに電話した





そいつも、そいつの家族も、親父さんもお袋さんも無事だろうとは思ったが  ただなんとなく。




                     「・・ォオ・・ やっとつながったな  まぁ平気だとは思うけど、ダイジョーブだよな オメェんとこ 」

                     「・・ァア・・ ありがとう全然平気。 親父も相変わらずだよ。 たまには来い!! ってよ。 ・・それより・・  見た?   ・・テレビ・・。」



              ・・・・・・・。




やっぱり頭んなかの基本構造はガキんときとそう変わっていない


その日そいつと話したことは、あの公園の遊具の上で話した「作戦会議」だった

まあお互い歳食った分、あのころより多少はマシな会議になったかとは思うが

20余年の歳月を経て、お互い職場という「自分の持ち場」がある以上、ガキのころのようにツルんで「何かを。」なんて野暮は言いっこナシ




翌日から、「 さてオレはなにをしよう 」   と 考えだす


                           社長と話し合いをする                      
                        
                                  すぐに答えが出る




今まで「何か」を考え、頭のなかで形にし、デザインをおこし、それを具現化してきた。 「 それ 」を仕事としてやってきた





                   今回だって 「 それ 」 をやればいい 





今回、鈴木さんはラッキージョンの代名詞ともいえるWALLETを製作

自分はWAREを製作することにした





もちろんWALLET製作にはこちらのクリ坊たちも参加です



b0153207_18371460.jpg




    頑張っております    手縫いしております







                        自分の方はというと




b0153207_18405672.jpg
 






     だいぶ出来あがってきた 











今回のこの活動につきましては改めてホームページ、ジョンズブログでご説明します




                 



                           それでは本日はこのへんで   HISAO
[PR]
by luckyjohn | 2011-03-22 19:07 | Comments(0)
<< Kokopelli 臨時休業のお知らせ >>